皆さん、よろしくお願いいたします。株式会社IB代表取締役の井藤健太と申します。
私たちは、世の中から「保険の請求漏れ」を完全になくすことをビジョンに掲げているフィンテックスタートアップです。
私自身の原点として、大学時代からずっと保険についての研究をしていたのですが、大学3年生だった2011年に東日本大震災が発生しました。現地へボランティアに入り、津波で流された家や倒壊した家を目の当たりにする中で、「保険証券が手元にないため、何の保険に入っているか分からない」という深刻な不条理を知りました。本人が被災して亡くなったり怪我をされたりした場合、代わりに家族が保険金を請求しなければなりません。しかし、私自身も含めて、自分の親がどんな火災保険や生命保険、共済に、どこの会社で入っているのか、一言も分からない状態でした。
当時、ちょうどスマートフォンが普及し始めた時期だったため、「紙の証券も電子証券も、すべて個人のアカウントに一括集約し、それを家族間で簡単に共有できる仕組み(インフラ)が必要だ」と考えました。卒論を書くタイミングで「保険簿」というアイデアを構想したのが創業の最初のきっかけです。
当時からマイナンバーの構想なども出てきていたため、将来的には医療データや行政データと保険簿が繋がることで、被災者が何の手続きをしなくても保険金が自動的に支払われたり、引っ越しの手続きがワンストップで完了するような未来が実現できると確信していました。
とはいえ、これは国や公共機関がやることだと思っていたので、自分が起業するとは思っていませんでした。しかし、その後の金融庁の動きなどを見ていると、やはり中立性やデータ管理の観点から公共機関単体ではやりにくい領域であること、民間ビジネスとしても十分に持続可能であるとの確信を得られたため、2018年に創業を決意しました。
そもそも保険金が必要になる時というのは、災害、事故、病気、あるいは大切な家族の死亡といった、心身ともに非常に辛く落ち込んでいるタイミングです。そんな大変な時に限って、わざわざ約款などの難しい調べ物を強いられ、煩雑な請求手続きを行わなければなりません。これは悲しい時だけでなく、結婚、出産、就職といった、希望に満ちた喜ばしいタイミングであっても同様に面倒な手続きが舞い込んできます。悲しいときにはしっかりと悲しみ、喜べるときには心から喜べる。そのような手続きの障壁がない社会を作っていきたいというのが、私たちの根本にある強い想いです。
私たちが開発・提供している「保険簿(ほけんぼ)」は、誰もが1人の加入者として無料で利用できるスマートフォンアプリです。
アプリの機能は大きく3つあります。
1つ目は、あらゆる保険の一括管理です。ご自宅にある紙の保険証券や契約確認書をスマホのカメラで撮影してアップロードするだけで、当社のシステムが生成AIを用いて瞬時に解析し、自動でデータを整理してアプリ内に登録します。紙の証券だけでなく、ネット生保などの電子証券にも対応しています。生命保険や損害保険はもちろん、JA共済や県民共済などの「共済」、そして少額短期保険(少短)に至るまで、国内すべての保険商品を網羅しています。
また、意外と見落としがちなのが「クレジットカード付帯の保険」です。これも証券の写真を撮る必要はなく、自分が持っているクレジットカードの銘柄を選択するだけで、付帯されている旅行傷害保険などを簡単に登録することができます。
2つ目は、家族との簡単な共有機能です。登録した情報は、アプリ間でボタン一つで家族のアカウントに共有され、万が一の際にも家族が代わりに保険の存在を確認できるようになります。
3つ目が、私たちの最大の強みである「請求診断機能」です。これは、日常生活で「怪我をした」「他人の物を壊してしまった」「自身の持ち物が壊れた」など、思い当たるトラブル(事案)をアプリ上でタップするだけで、自分が加入している保険の中から「請求できる可能性がある保険」を自動的にレコメンド(抽出)してくれる機能です。
例えば、「他人に怪我をさせられてしまい、相手と交渉しなければならなくなった」という事案をタップします。医療保険が使えることは多くの方が想像できますが、交渉に必要な「弁護士費用特約」が使えることにはなかなか気づきません。実はこの弁護士特約は、自動車保険だけでなく「火災保険」にオプションとして付帯しているケースが非常に多いのです。「怪我をして火災保険の特約が使える」など、普通は誰も気づきません。保険簿は、こうした埋もれてしまっている保障の盲点を自動で繋ぎ合わせ、加入者に教えてくれます。
この優れたUXを支えているのが、国内の全保険会社の商品、特約、さらには細かな約款のマスターデータをデータベースで一元管理しているという、他社には容易に真似できない強力なバックエンドアセットです。
私たちのビジネスモデルは、ユーザーからは手数料や利用料を一切もらわず、保険会社からプラットフォーム利用料をいただくことで成り立っています。
よく「登録されたユーザーのデータを他の保険会社に売って、営業活動のマーケティングやリプレイス提案に使っているのではないか」と聞かれますが、私たちは情報の売却や保険の勧誘営業は一切行わないと決めています。なぜなら、特定の保険会社に偏った情報活用をしてしまうと、アプリの中立性が失われ、競合する他の保険会社の参画が得られなくなってしまうからです。中立的なプラットフォームであり続けることで、結果的に「保険簿」内で自分の保険状況が見える化された加入者から、自発的な保険相談ニーズが自然に生まれ、パートナー保険会社への適切な導線として機能するため、十分に営業的なメリットを提供できています。
また、保険会社が自社単体ではやりにくい「他社の保険も含めた家族間共有」や「請求診断のレコメンド」を、加入者サポートツールとして私たちが肩代わりして行うため、保険会社と保険簿は対立関係ではなく「共同運用」のパートナーとしてwin-winの関係を築いています。
実際、保険会社が加入時に配布する注意喚起情報には、必ず「加入している保険の内容は家族と共有してください」と書かれています。しかし、それを「どうやって共有すればよいか」という具体的なソリューションはこれまでどこにも存在しませんでした。私たちがその公式なソリューションとして業界のルール化(デファクトスタンダード)を狙う動きに対しても、金融庁や業界団体から非常に前向きで協力的なサポートをいただいています。
現在のユーザー数は約3万人、提携保険会社は8社と、まだ「夜明け前」の規模ですが、私たちは特約マスターデータの網羅性という先行優位性を武器に、業界全体を巻き込むネットワーク効果による急拡大の兆しを掴んでいます。
2000年代に起きた保険金不払い問題を経て、現在の保険各社は「請求されたら適切に支払うこと」に対して非常に真摯であり、むしろ請求漏れの事後調査や確認コストを削減するためにも、加入者自身が適切に請求を行ってくれる仕組みを強く望んでいます。誰もが当事者になるこの「保険簿」を、日本の新しい金融インフラへと育ててまいりますので、ぜひ皆様の応援をよろしくお願いいたします。
コメンテーター(森氏):井藤さん、素晴らしいプレゼンテーションをありがとうございました。非常に実用的なサービスで、私もすぐにダウンロードして使ってみたいと感じました。保険を使うのはいつも心身ともに辛いタイミングだからこそ、その手続きの負荷を下げるというのは極めて価値が高いです。
ビジネスモデルに関して質問ですが、C向け(一般ユーザー)を無料にして、B向け(保険会社)からプラットフォーム利用料をもらうというモデルにおいて、保険会社がお金を出してくれる本当の狙いはどこにあるのでしょうか。情報を他社に売っての営業活動はしないと宣言されていますが、そうであれば保険会社側はどうやってROI(投資対効果)を回収しているのですか。また、少し意地悪な見方ですが、「請求漏れがあった方が、支払いを抑えられて保険会社は儲かるのではないか」という本音はないのでしょうか。
井藤氏:非常に核心を突いたご質問をありがとうございます。
まず、保険会社がお金を出すメリットについてです。中立性を守るために個人データを他社に渡すような露骨なリード(見込み顧客)販売は一切行いませんが、加入者が「保険簿」を使って自分の保険を整理・可視化すると、必ず「あ、自分の今のライフステージに対して、この保障が足りていないかもしれない」という、自発的な保険の見直し・相談ニーズが生まれます。
その際、アプリ内でシームレスに加入している保険会社の担当者や窓口へ直接連絡ができる仕組みを開発しており、年内にリリースする予定です。中立な立場だからこそ、加入者が安心して意思決定を行い、結果として既存顧客の囲い込み(リテンション)や適切な追加提案(アップセル)に繋がるため、保険会社にとって十分な営業的対価となります。
森氏:なるほど。データを売るのではなく、ユーザー自身が見直したくなった時の「連絡窓口」としての動線を確保することで、顧客維持や追加提案に貢献するわけですね。
もう一点の「請求漏れがあった方が保険会社は喜ぶのではないか」という点についてはいかがでしょうか。
井藤氏:実は、かつて一度だけ、ある大手生命保険会社の支払い部門の役員から「請求されない方がありがたいのに、なぜ請求を促進するようなアプリを入れる必要があるんだ」と直接言われたことがあります。その会社は早く市場から退場してほしいと心から思っていますが(笑)、現在の多くの保険会社は全く逆のスタンスをとっています。
2000年代に業界全体を揺るがした「保険金不払い問題」によって、金融庁の行政処分を含めて厳しい社会的制裁が下されました。これ以降、保険業界は「支払うべきものは必ず支払う」というコンプライアンス(法令遵守)体制を劇的に強化しています。
むしろ、支払うべき請求の漏れが後から発覚した場合、遡って調査し、利息を含めて払い戻すといった業務に、各社は膨大な事務コストとブランドイメージ低下のリスクを抱えています。そのため、最初からシステムを通じて適切かつスムーズに請求をいただくことは、保険会社にとっても業務効率化とリスク回避の両面で極めて大きなメリットになっているのが実態です。
森氏:なるほど。不払い問題以降、適切に支払うことが保険会社の最大のコンプライアンスであり、事務コスト削減のためにも最初から適切な請求が届くことを求めているわけですね。非常にクリアで納得のいく説明でした。中立性を守りながら業界全体のインフラを目指すという茨の道だと思いますが、デファクトスタンダードを目指してぜひ頑張ってください。
井藤氏:ありがとうございます。皆様の安心を支えるインフラとなるよう、一歩一歩進めてまいります。